最近、髪を自分で切るようになりましてん。

まあ一応、7年前にバリカンを買って以来セルフボーズをやっちゃあいるんだけど、アレはただ3ミリとか6ミリのアタッチメントを取り付けてガー行くだけな話だからねい。
そんなんじゃなくて、脱ボーズを図ってハサミで自切りするようになったっつー意味なんだけど、コレがまあ難しいわ難しくねえわで。
梳きバサミってあの、片刃がクシ状になってるヤツ、アレってあんな非対称な形状からして、たぶん右手用と左手用があるんですね。左手に持ち替えてみると全っ然切れないの。
だから左耳のあたりを切る時はわざわざ右手を頭上から回したりしてコレまたキビシーーー!ってワシゃ財津一郎か?アリャリャンコリャリャンでもねえし、ドッテドッテの大事件もねえぞ。

髪型と云えば、オレが昔ドレッドにしてたと云うと、驚かれるようになってきた。
まあムリも無いかー。もう20年も前の話だもんなー。
その頃の日本では、ドレッドは完全にレゲエミュージシャンの為だけの物であり、非レゲエな一般人はむしろ敬遠するようなシロモノだった。
なのでオレは日本初の、ドレッドを取り入れた一般人なんです。嘘ですが。
つってもオレのドレッドは、針金を使って施術するようなハードなモノではなく、ただ編んでパーマをかけるだけというソフトなヤツで、むしろソッチの方が前例が無かったモンだから、ファッション知ってます風を吹かした某君からは「いや、ドレッドってのはそうじゃなくてー」なんて上から云われたもんだった。
まあ、その某君とは仲良しで、とても好きなヤツだから全く不愉快ではないんだが、ある日、彼がセッティングしてくれた美容師さんとの合コンで、彼曰く「技術もセンスも抜群のコ」がオレのドレッドを見るや、スバラシイだのカッコイイだのとベッタベタに褒めまくった挙句、やり方まで訊いてきたから指南してあげたっつー。
ワハハ、キミもまだまだだな、某君。そーやって常識の枠に甘んじてるうちは、新規開拓という遥か上空の世界の事などまるで理解できないだろうよ、某君。
そんなマイドレッドですが、3年ほど経つといよいよ市民権を得てきたようで、それに似たようなパーマを当てる人達がボチボチ増加しつつあったから、それを機に引退した。
ところでオイラ、この手の時代の先取り例だったら、腐るほど持ってます。
高1の時に、これはニューウェーブっぽくてイイなーと思って、女の子用と思わしき黒い靴を買ったら結構な勢いでバカにされたんだが、1年後にはその手の靴が校内を席捲した。マジな話、オタクを除いた全校生徒が同じような靴を履くようになったからね。そのバカにしたヤツも含めて。
確かそれが一番最初だったが、以降そーゆーファッションリーダー例には事欠かなくなった。
一番新しいモノだと、去年からお馴染みになった、ニット帽のタグを見せて被るヤツがある。
まあアレはメーカーがそーゆーデザインの帽子を売り出した事に起因してるんだろうけど、オレのバヤイ、ずっと前に買ったニット帽の裏に小粋なタグが付いてるのに気付いて、ソレをフィーチャーすべく裏返しに被るようになった。これは3年前からやっている。
あと、6年前にハーレーを買った時にエンジニアブーツも買ったんだが、これにスウェットパンツを合わせたらアンバランスで面白いんじゃねと思い付いて、電車で都心に出る時もそんな格好をしてたら、去年あたりからようやくスウェットパンツのオシャレさんをよく見るようになった。
ってな感じで、ごくごく直近の例だけでも2つあるぐらいなんで、過去を掘り出したらホントにキリが無い。

キラキラスターナイト」を作った縁で、イラストレーター・漫画家のRIKIさんとチョイチョイ連絡を取り合うようになった。
RIKIさんとは、とてもウマが合うんだよね。
漫画と音楽という別々の世界に在れど、話してみるとお互いがプロフェッショナルとして体感してきた共通項がホント多くて、いろんな部分で共感できる間柄なんです。
そんなRIKIさんから先日聞いたんだが、同じくキラスタで知り合った凄腕チップチューナーのTappy君が「シオダさんのスーファミの音楽を見つけたんだけど、この時代にコレは無い」みたいな事を云ってたんだそうで、ドキリとした。
しまった。ついにバレちまった。
せっかく今まで、所詮オレは烈火だけの男でヤンスを演出していたのに。
まあ、いつかはバレるんだからもう云っちゃうけど、実は昔、スーファミでヒップホップをやった事がありましてね。
おそらくコレは、ゲーム業界初のヒップホップなんです。嘘ですが。
93年の作で、K社内でも雑誌の紹介でも「ラップ調」なんて云われてたぐらい、まだヒップホップって言葉が世間一般に認知されてない頃だった。
で、この音楽、今まで誰にも話してないからK社の人達しか知らない事なんだけど、おそらくオレ史上で最高クラスに喜ばれたり驚かれたりしたモノなんです。
烈火の音楽はリアルタイムではまるで理解されなかったんで、ホントは烈火で得る予定だった賞賛をようやくココで獲得したと云えるぐらい喜ばれた。
じゃあ何で、今までひた隠しにしてたのかっつー話なんですがね。

以前、オリビアの音楽を作った時の後日談で書いた中潟さんの言葉「あの音はちょっとヒドイねえ」には続きがあるんです。
「ところで、自社製のスーファミのサウンドドライバーが完成したんだけど、K社さんも使って(買って)みない?」っていう。
そんな経緯で導入に至った、KAZe社製のスーファミドライバーを初めて使った仕事がこのヒップホップだったんだけど、コレが納期まで2週間しか無えと来た。
スーファミサウンド制作ってのは、この時代のゲー曲屋さんが口々に「アレだけはもお勘弁」とこぼす程のキワモノである。ただでさえ骨の折れる仕事なのに、しかも使い勝手の分からないドライバーを使って2週間で仕上げるんだから、最初っからなり振りなんて構ってらんない状況にあった。
でも出来る範囲でベストを尽くしたいとはもちろん思っていて、そのベストとやらを目指すにはこのゲームの場合、ヒップホップで決まりだなと思い、FM放送を2時間ぐらい垂れ流しで録音して、その中から面白い音源を片っ端からサンプリングするという製法で作ったんですよ。作ったんですが、オレ、決してヒップホップ畑の人間じゃないから、サンプリングという、敢えて聞こえの悪い云い方をするならば、他人の音源の一部をチョロまかす行為に対して、かなーり抵抗があるんですね。
なので、いくらマッハで曲を仕上げなくちゃならない事情があったとは云え、とっても恥ずかしい事をしてしまったという後悔ばかりが湧いて来ちゃう。
まあ自分の名前で世に出した以上、バレちゃうのはしょーがないけど、自ら進んで人様に聴かせるのは未だに抵抗があったりするのです。
あともう1つ、隠してた理由がある。単純に、もう古いって事です。
烈火CD(ナグザットコレクションの方)のライナーにも書いたけど、普段は時代に風化しない音楽を作るよう心掛けてますが、それをやるには適度にフォーマルな要素を含む必要がある。
ところが、このヒップホップに関してはカジュアル一辺倒でしかない。
カジュアルな音楽ってインパクトを生む事ができる分、どうしても流行り廃りが影響するから賞味期限が発生しちゃうんです。
だから残念な事に、今や鑑賞には耐えないだろうと個人的には思っている。

でもまあ、当時のゲー曲屋さんでカジュアルもちゃんとこなせる人って、確かに珍しかったです。
オレにそれが出来たのは何故か、もう分かりますよね。
それは、どシロートだった高校生の頃から磨いてきた、あの感覚を音楽に応用してるからなんです。
時代の先取りと称して、誰もやってない服装を発案し続けてきたのが活きたって事であり、女の子の靴を履いてバカにされた分の元は十分回収できたと思ってます。思ってませんが。