▼ 妖精ってヤツがとにかくキライだ

Windowsマシンを買った。俗に云うモバイルPCってヤツだ。

おもちゃとして使う用に欲しい、とは前々から思っていて、3年ぐらい前に家電屋で物色した事がある。一般的なノートなら数万円で売ってるクセに、もっと小さいヤツは確実に2ケタ万円の値段が付いていたから諦めたんだが、先日この小さいのが3万円台で売っていやがった。
一応、小さいThinkPadは持っているんだが、入手当初からバッテリーが死んでたり、LANポートも死んでたり、内蔵モデム(実は今でも時々必要)が不調だったり、ブラウザも表示が崩れまくりで、それでも不満タラタラで使ってたんだが、先日Shiftキーがお亡くなりになった拍子に使うのが心底ヤになった。
そこへ新品が3万円台ときた。当然CDドライブなんていう嵩張るモノは付いてないから、外付けのドライブを買って、USBの56Kモデム(やっぱり必要)を買って、Excelの互換ソフトを買ったが、それでも総額5万チョイ円だ。たった3年でこうも世の中変わるモンなのかーと思いつつ。
ただ、いくらハードと価格がそれだけ軽くなっても、動作は非常に重たいと来た。
Winに対する知識は全くないながらも、現在アレコレ調べて、不要と思えるソフトを片っ端からアンインしまくっているんだが、お陰様でちったあマシな動きをするようになってきた。
やっぱりMacがサイコーである事には変わりないが、ここまでやるとWinも楽しく思えてくるね。

先月、久しぶりにMCKを使ってみまして。
どのくらい久しぶりかって云うと、もはやコマンドを完っ全に忘れてしまったってぐらいだ。
知らない方に説明すると、MCKってのはファミコン音源で音楽が作れるソフトの事だ。
オレは昔から、家でピコピコ音楽を作って遊びたいっていう願望が強くて、K社で愛用してたファミコンのサウンド開発ツール一式をそっくり貰って帰ってきた事がある。11年前の事だ。やっぱファミコンやゲームボーイの音源ってのは散々使い倒した楽器だから、並々ならぬ愛着があるのですよ。
あるのですが、その大事な開発ツールをたった一年で紛失したんだからヤケ酒に溺れる毎日だ。
命から数えて数番目に愛する機材だ。丁重に保管しておいたのに、ある日忽然と姿を消してしまったから、真っ先に母ちゃんを捕まえて問いただしたが、いくら片付け好きな母でも、そんな得体の知れないモノまで捨てっちまうような人ではないのはオレだって一応判っている。
世の中には「小さいオヤジの格好をした妖精」がいて、時々人の物を失敬するとか云う奇妙な話を聞く。残念ながらオレには見えないが、こいつあいよいよその話も信憑性が出てきたなってぐらい不思議な紛失劇を経験してしまったから、ヤローは見つけ次第マジでヤキと思っている。
そんな心の傷を長年引き摺っていたオレの前に登場したのがMCKであり、オレが紛失した実機をカバーして有り余る魅力を持っているんだからタマラナイ。
おかげで、また夢の続きが見れるようになったと云っても大げさではない。
そこまで云うクセに全く使ってねえぢゃねえかっつー話ですが、オレが持ってたのはMac版でして、コレが性能的には相当キビシくて、なーんだMCKって結局大した事ないぢゃーんって思って放置してしまったのですよ。
ところがある日、Win版だったら性能的にも違うんぢゃねえかとふと気になって、試しにBootcampにWin版MCKを突っ込んでみようと思い立った。それが6月初旬のこと。
Winなんてよくワカンネーから、インストールして音が鳴るまでに2週間も試行錯誤し、3週間目は大尊敬する三沢光晴サンの訃報が入り、YouTubeの三沢動画をボーッと見る毎日を繰り返してしまって、結局最初の試し斬りをしたのは6月末になっちゃったという、またまた誠意の感じられないルーズさを披露してしまった訳なんですが、使ってみたらかなーりイケルんだコレが。
しかも昔、一度でいいからこんな恵まれた環境で音楽作ってみてえなあと憧れていた「ギミック!」のドライバまで使えちゃうんだから、ホントに夢が実現しちゃったには驚きっすわ。
まあ、今日は驚いたトコロで終わりなんですがね、この話は。音源を公開する事も無く。
もちろん、新しいPCにはすでにMCKとか必要なモンが全てインストール済みだ。
最初は2週間も苦しんだインストール作業を難なくこなせたんだから、まるで、二度目にカリン塔に登った悟空のような成長ぶりですよ。
おかげでMCKを使う度にわざわざBootcampを起動する面倒くささからも解放されたから、今後は頻繁に使っていきたいなーと思っておりマス。

そうそう、ドラクエの新作が出ましたね。これは一応発売日に買った。
昼頃に急に「あ、今日ドラクエの発売日か」って思って近所のヨーカドーのおもちゃ売場に行ったら、フツーに店頭に並んでた。今や予約とか、列に並ぶとかしなくても買えちゃうんだねい。
ドラクエってのは、オレにとっては数年に一度のお祭りである。
今となってはすっかりゼルダ派に転身してしまい、発売前になっても大してトキメかなくなったとは云え、やっぱり過去に散々ハマった時の血なんですかね、いざ発売日が来てしまうと無性に祭りに参加したくなっちゃうという。
ただ、今回のドラクエはさすがに萎えたね。内容的に。
まだ序盤だから全体評は何とも云えないけど、とりあえずあのガングロの妖精にはゲンナリっすわ。
基本的に、悪ノリするにもセンスって必要ですよ(オレは人の事云える立場じゃないけど)。
あの妖精のキャラ、音楽、ピンクの背景。
そして、古より伝わる神の使いとか云っておきながら、ハイテク感満載な箱舟の操作パネル。
もうね、ヤツに関する全てが大っキライっすわ。
ここまでドンスベリされちゃあ、妖精だけ目をつぶってあげればいいっていう問題ではない。
もはやドラクエスタッフへの信用の問題だ。
そのせいもあって、昔はドラクエを買ったらしばらく会社を休みたいって思ったモンなのに、2~3日手を付けない日があっても全然平気なんだから、元ファン、つーか現在もファンでありたい身としては悲しい現状であり。
オレ内ではいよいよ本格的に、妖精なんてのにロクなヤツはいねえ、って感じになりつつある。
[ Weblog ] ビデオゲーム
2009-07-21 03:08:00

▼ ジャイケル・マクソン

不覚にも、何も書かずに6月が終了してしまった。むーん悔しい。

6月のオレの誕生日に朝メシを喰っていたら、母ちゃんにプレゼントを貰った。
前もって用意してくれていた事を思えば、そりゃ嬉しくないハズはないし、当然感謝してる。
ただ、誕生日に「風呂のフタ」をプレゼントされて喜べと云われても、それはかなり困難だ。
そして、シルバーのフタをハイって渡された時に 「わー、この銀イオンがヌメリ防止に・・・って何なんだよこのプレゼントわー」 って不覚にもノリツッコミしてしまった自分にもまた腹が立つ。

確か5月末ぐらいだったかなあ、hallyさんと山田一法さんと一緒に飲んだ。
山田いっぽーさんはゲームのコンポーザーで、ロックマンとかバイオハザードとかスーパーストリートファイターIIなどといった、タイトルに恵まれなかったオレからすればヨダレもんの音楽をたくさん手がけてきた御仁だ。
そんなメンバーだから、かなーり濃い系の音楽話になって楽しかったのは当然の事で。
そこでも出た話なんだけど、ゲーム音楽屋さん同士ってのはなかなか友達になりにくいモンである。
そーゆーネットワークが構築されてないから、知り合いになる機会がまるで無いのですよ。
だから、オレの直接の知り合いなコンポーザー仲間ってのも決して多くはないんだけど、多くないにも拘らずオレの周りには不思議と作曲レベルの高い人が集まりがちな傾向にあるのが嬉しくて。
クラスメイトで昔から親友の村上慎吾君といい、K社で一緒に仕事をした高濱さんや阿保君といい、あと、直接会ったのはここ数年だけど、間接的にはある意味昔から繋がっていた並木さんといい。
身内があまりにも達人なモンで、正直、巷の音楽に魅力を感じる事などは少ないんですが(オレの勉強不足とも云う)、そんなオレでも同業者の実力に惹かれる事が少ないながらにもある。
中でもパッと瞬時に思い浮かぶのが、古代祐三さん、下村陽子さん、戸高一生さん。
スゲー偶然なんだけど、みんなオレと同い年なんだそうな。
っていう話を飲み中にしたら、いっぽーさん、何だかやたらと羨ましがる。
いっぽーさん理論では「世の中を変えちゃうような勢いのある人材を輩出する年」が5年ごとにやって来るらしく、オレら、俗称「桑田清原世代」は丁度そのゴールデンエイジに当たるんだとか。
以前書いたけど、オレも丁度、うちの地元では品川庄司の品川君とか、宝塚のトップスターだった春野寿美礼さんといった5歳下のコたちが完全にゴールデンエイジを形成していて、その圧力をひしひしと感じていたところだったから、妙に説得力あるなーと思って聞いてたんですが。

そんな訳で、もう42歳になってしまった。
大厄は過ぎたとは云え、42なんて縁起の悪い数字だよなーと思っていたところへマイケルの訃報が。
マヂっすかー。せっかくの誕生日が命日ってー。いくら42だからってオレのせいじゃないからなー。
ところで、オレの音楽歴の中では、マイケル・ジャクソンは一切通過していないんです。
高一の時、学校をサボって友達と麻雀ばっかりやってたという、今までで一番フザケた人生を送ってたんですが、麻雀中のBGMがいっつもスリラーで、いい加減ウンザリだったっつー接点しか無い。
思えば当時はYMOも健在だったし、マイケルと同じグラミー独占組ではTOTO派だったしなー。
ジャネットは好きだったなー。K社に入った直後に某先輩にそそのかされてCDを買わされたんだけど、コレはハマった。
だから今でもジャネットを聴くと「あの頃のK社は楽しかったなー、仕事はキツかったけどあの頃に戻りてえなー」なんてふと思ってしまいマス。

その、そそのかした先輩、またの名をグレート馬場さんといって、スタッフロールには必ずG.BABAというクレジット名を使う。
察しの通り、プロレスが大好きで、毎週「週刊プロレス」と「週刊ゴング」を購読していた。
そこへ、オレもプロレスが好きと知ると、じゃあオマエはゴングを買え、そうすればオレの週プロと両方読めるぞ、などと勝手な交換条件を出してきたから、オレはまんまと乗らなかった。
そうしたらそれ以降、オレに週プロもゴングも見せてくれなくなったモンだから、アレコレ交渉した末、じゃあグレートさんがランダムで週プロのページを開いて、そこに一番大きく載っている選手を当てたら貸してもらえるという「週プロクイズ」を毎週やりましょうという事で了承を得た。
発売日になるとおもむろに登場し「プロ週、クイーーーズ!!」と云うと、グレートさんもしょーがねえなーって態度を取りながらも嬉しそうにページを開き、「うーん、これは懐かしい選手だなー」と簡単なヒントを云うから、それに対してオレも「ロイヤー・デストですか?」などと答える。
週プロクイズが始まった頃は、こんな感じで週プロとかデストロイヤーを何となくふざけた呼び方をしてたんだけど、その流れでジプシー・ジョーを「ジョプシー・ジーですか?」って答えてからは最初の文字同士を入れ替えるという、ジャンキー大山方式が定着した。
ある日のグレートさんのヒントが「ヘッドロックと云えばこの人でしょう」だった。
ヘッドロックなんて誰でも使う、ただの繋ぎ技ぢゃんかよ、と思いつつ、パーテの向こう側にあるグラフィックのブースへ行って、プロレスに理解のある人と緊急ミーティングを開いたところ「怪力つながりでブルーノ・サンマルチノあたりじゃない?」という結論が出たからグレートさんの所へ戻り「サルーノ・ブンマルチノですか?」と云ったらパーテの向こうがボッカーンうけた。
それ以来しばらくの間、K社ではいろんなモノをジャンキー大山風に呼ぶのが流行ったという。

その頃、地元の友達とバンドをやっていたんだけど、オレは思うところがあってK社を辞めようと本気で思っていたから、メンバーの前で「明日は辞表を出すんだ」と息巻いていたんだけど、話が脱線してサルーノ・ブンマルチノの話になったらやっぱり一座が爆笑した。
「他にもカラートーア・キマタとか、ブブドーラ・ザ・アッチャーもいるよ。でも残念な事に、ジャンボ鶴田だけは放送コードに引っかかっちゃうんだよな」なんて云う度にいちいちウケる。
「あと、スック・ディレーターとかね」と云うとピタリと笑いが止まって「それはあんまり面白くない」とキッパリと云われた。正直な男だ。
だから「でも、キャッチコピーは『ケロリダのフンカ番長』だぜ」と云ってやるとまたギャーと笑うから「同じパターンだとザ・シークもいいんだ。『カラビアの愛人』。イントニオ・アノキなんか『トえる毛根』だし」と続けてやった。まあ喜ぶわ喜ぶわ。
ようやく笑いがおさまると、みんなから「そんな面白い会社、辞めなきゃいいのに」と云われた。
何云ってやがる、面白いのはその言葉を考えた本人で、会社じゃない。関係あるか、と内心思ったが、よくよく考えると、その面白いキッカケを作ったのは週プロクイズを楽しんでくれたグレートさんであり、面白さを育てたのはオレのトンチキ発想に反応したグラフィッカーのみんなである。
やっぱり、会社が面白かったんだよな。
でもオレの意志は固く、翌日社長に「辞めます」と云ったのだが、やっぱ社長の方が数段上手でね。
見事なぐらい巧~く丸め込まれちゃってさアハハ。

で、オレが思うに、こーゆージャンキー大山呼びが最も有名になった名称って何かって云うと、結局ジャイケル・マクソンなんですね。
安らかにご永眠されますよう。
[ Weblog ] 音楽
2009-07-02 03:07:00

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