Outtakes from Fastest Lap
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ゲームボーイ「ファーステストラップ」のボツ曲を繋いでみました。
内訳はと云いますと、Warning - Run Out (SE) - Jingle - Ending です。
Warningは燃料が足りなくなってガス欠寸前になるとBGMが変わる予定だったんだけど、燃料より先にサウンドの容量が足りなくなってボツになったっつー。今回はオマケでエンストSEも付けてみた。
ジングルは企画氏のお気に召さなかったようでボツになった。ジングルって短時間にやりたい事を集約できるところが魅力であって、コレも満足度が高かっただけに残念だった。
エンディングはまあ、悪くはないんだけど、何かちょっと違うなーと思って自ら引っ込めた。このゲームの場合はもっとドーヤな曲調の方がふさわしいと思って。まあ、何つーか、満貫じゃあ満足行かず、跳満とか倍満を狙いに行きマシタ的事情とでも云いましょうか。
[ Music ] ChipMusic
2020-05-03 18:06:57



▼ オレ発祥

かなーり前の話だけど、2ちゃんねる好きでしょ?って云われた事がある。

何でも、オレが使う言葉が2ちゃんねるっぽいんだそうな。
えー、マヂっすかー。オレ生涯で一度もワロタとか云った事無いんだけどなー。
実際、2ちゃんねるを見た事はほとんど無い。
ニフティーサーブって云う、マナーを凄く尊ぶパソ通からネットコミュニケーションを始めた者としては、あの無法地帯っぷりはなかなか好きになれなくて。
2ちゃんは言葉遊びが豊富という意味では魅力的な場所だというのは一応分かっているが、それもまた余計に足を遠ざける要因となった。
以前書いたが、小学校で奇妙な言語感覚が育まれてしまったらしく、その頃からずーっと言葉遊びをしてきたモノとしては、やっぱり自分で使う言葉ぐらいは自分で考えたいという欲がある。
だからむしろ、2ちゃん言葉を敢えて避けているぐらいなんだが、一体どこが似てるんだろーなー。

以前テレビで、意味の解りづらい言葉を映像で説明するという番組をやっていた。
例えば、タレントのコが一人で乗っているエレベーターが突然停止して、徐々に不安が増して混乱していく様子を見せた後、国語の権威みたいな先生が出て来て、これが「テンパる」という事です、なんて云う。
さらに続けて、この「テンパる」というのは賭け事から来た言葉ですが、そもそも賭け事から来た言葉って多いんですよね、絶対外さないといった意味の「鉄板」とか……などと解説を入れていたが、結局どーゆー経緯でパニック状態を「テンパる」と呼ぶようになったのか、という肝心な説明がないまま終わった。要は語源までは知らないんでしょう。
なのでココで、その語源を解説したいと思います。
と云うのも、この危機的状況を表す「テンパる」って言葉、たぶんオレ発祥なんです。
麻雀であと一手で上がれる状態を「テンパイ」と云い、その動詞形の「テンパる」から来てるのは間違いないです。
ハタチぐらいの頃だから昭和末期の話なんだけど、地元の友達とバンドをやってたんだが、そのミーティングは夕飯時にファミレスでやる事が多かった。
若い頃は大食いだったから、いつもスパゲッティとピラフとサラダぐらいは喰らってたんだが、その日はコーヒーゼリーしか注文しなかったんでみんな不審に思って、どうしたんだと訊いてきた。
「あのー、こーゆー食事の場で云う事じゃないんだけど、実は腹の調子が最悪で、一口食べるとテンパっちゃうんだよね。もう今日は一日中イーシャンテンで、コーヒーゼリーだけでもテンパイ即リーかも知れないんだから、いつもみたいな喰い方なんかしたら即刻チーホーだよ」とか云ったらドッカーンうけて、あ、危機的状況で「テンパる」は使えるなー、ってその時気付いて使い始めたっつー。
ただオレは今でも本来の意味に従って、あと一巡でヤバイ状態になるシチュエーションでしか使わないんだけど、語感が脳天パーっぽいから麻雀を知らない人達が勘違いしたんでしょーね。すっかり「パニクる」と同意語になって一般化したのが、確か平成中期ぐらいだったはず。

そうそう、「ヤバイ」ってのもあります。
本来は危機的状況で使われる言葉だけど、確か2005年ぐらいから、スゴイとかカッコイイ的な褒め言葉としても使われるようになった。
何で具体的に時期まで覚えているのかっつーと、オレは発信源として、世間に浸透していく様をしっかり意識していたからである。
オレが云い始めたのは、日韓ワールドカップの前年の2001年。
千歳烏山にサッカー関係の古着を扱っている店を見つけて、何だか面白そうだなあとちょっと覗いてみた。ただこの頃、オレは病気で倒れて長期療養中だったためロクに働く事もできず、ビンボー極まりなかった。
店のオッチャンが何でも訊いてねーって近寄って来たから、あらかじめ「いま高い買い物は出来ないんですけど」って断っておいたんだが、それでもアレコレ見ているうちに熱量が上がっちゃうんだから困ったモンです。
「今だったらいいのあるよ。ちょっとイイ値段(4万円)だけど、ほら、バルサの頃のロナウドのユニ」
「うっわー、マヂっすかー。今こんなん買っちゃうと生活ヤバイんだけど、欲しいなあああ」
「あと、こんなのもあるよ。ハイ、バルサの頃のフィーゴ(5万5千円)」
「えええー、コレはヤバイってー。こんなの見ちゃったらマヂでヤバイってー」
で、店のオッチャンもいろいろ見せてきちゃあ、コレはヤバイでしょ?ヤバイでしょ?ってノッて来るのがまた面白くて、ヤバイの意味もねじ曲げて使うようになった。

あと、「手を腰に当てて牛乳」ってのもそうだと思う。やっぱり昭和末期の話なんだけど。
専門学校のでかいロビーを歩いていたらウチのクラスの一団がいて、うち一人が見た事ないジュースを飲んでたから何それ?って訊いたら、一口あげるよって事になって缶を受け取った瞬間、天から「休日のお父さんで〜」ってお題が降ってきた。
で、足を肩幅に開いて片手を腰に当てて飲んだら、知らない人たちも含めたロビーのそこら辺一帯がボッカーンなった。
これはね、美しい瞬間ですよ。
この頃「手を腰に当てて牛乳」っていうイメージは誰もが脳内に眠らせていたにも関わらず、それを言語化した人はまだいなかったんです。
と云うのもコレ、昭和中期までは時々見かける、ごくフツーの日常でしたから。決してネタでは無く、それを笑う人もいなければ、これが面白いと解釈する人もいなかった。
だから昭和後期になって、配達員が庭先に牛乳を置いていく日常が無くなると同時に、国民の脳内からも消えつつあった記憶だったんです。
それを、オレがこのカタチを取った事によって、その場にいた全員の記憶が鮮明に蘇り、初めて笑いになった時のインパクトによって「手を腰に当てて牛乳」と云う概念が誕生したっつー。
この言葉が世間で使われ出したのは、確か1995年ぐらいだったかなあ。2000年発売のゼルダのムジュラで使われてるけど、さすがにもっと前には世に浸透してたはず。

他にも探せばいろいろある。ここ5年ぐらいでみんな使うようになった「何とか感」ってのも……ってもういいか。
コレについては昔っからブログでもツイッターでも多用してるから勝手に検証してくれい。
[ Weblog ] 戯言
2020-08-28 21:54:09

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